卵からプロテア……

「光ってますか、天使の輪」
「恋コロン、髪にもコロン」
「あなたにはその価値があるから」
「世界が嫉妬する髪に」
「日本の女性は美しい」etc…



 様々なメーカーが印象的なコピーによってヘアケア製品の大量販売をもくろむ中、あたくしはもう15年以上、レラのヘアソープ(レラは「シャンプー」をこう呼びます)を使用しております。少々お高いのが難点ですが、91歳(自己認識年齢)になっても毛量、コシともにかなり満足できるレベルをキープしているのは、間違いなくレラのおかげだと、あたくしは勝手に思っていたりするのです。

 いまでこそ、そんなふうに髪の毛の健康のことをあれこれ憂慮できるようになりましたが、考えてみましたらば、あたくしが若い時分(妄想上)などは、ケジラミを飼っていらっしゃる方の存在は決して珍しいものではありませんでした。時代が進み生活が豊かになることは、やはりあたくしのような虚栄に生きるババアにとっては大変に有難いことだと言わなくてはなりませんでしょう。

 さて、昨日、かなりひどい風邪を引いているにもかかわらず、お風呂に入っていたあたくし。事件はシャンプータイムに起こりました。シャンプーをしてトリートメントをして、ふっと気を抜いたとき、皆様はどこに目が行きますか? あたくしは、頭の重みに逆らわず、自然にあごを引くような形になるので、自分の下腹部に目が行くのです。ダルマの国・ゴールドジムへの渡航をさぼっている罰として現れる「腹のたるみ」はこの際不問にいたしますが、下の髪の毛、英米ではアンダーヘアと呼ばれる部位に目が行くのも、極めて自然な成り行きと言えましょう。

 が、91歳にして1.5の視力を誇るあたくしの目が、何やら不穏なビジュアルを読み取ります。三角形のヘアのうちの、ある1本の先端に、目を凝らさなければ気づかない程度の異物がくっついているのです。指先で軽くしごき取ろうとしても、その異物は頑固にもその場所を譲ろうとしません。

 いやだ、もしかしてこれは……ケジラミの卵? 

 なんということ! あたくし、ケジラミをもらう行動などここ最近はまったくとっていないはず。きっとあたくしを忌み嫌う誰かが、あたくしの就寝中にこっそり寝室に忍び込み、あたくしの下腹部にケジラミを放流しやがったんだわ…………いえ、ちょっと待って。そういえば2週間前に一度だけ、思い当たることが……。

 さまざまな思いが胸を去来いたしますが、とりあえずなってしまったものは仕方がない。善後策を考えなくてはいけません。まずは、とっちらかっている心を必死でなだめるために、

「♪卵から〜プロテア〜」

 と、昔のシャンプーのCMソングなどを口ずさんでみましたが、口ずさむそばから「卵の生々しさに泣きそうになっているっていうのに、あたくしったら」と我が身の愚かしさに愕然としてみたり。やはり人間、焦っているときはロクなことをしませんわ……。

 なんとか気持ちを落ち着かせ、熟考に入るあたくし。我が目を捉えてはなさいこの毛を根元から抜き取って、次は薬局でスミスリンシャンプーを買い……嗚呼! そして次はいったいどうすればいいの! どなたかご存知の方、教えていただきたい。でも、こんなことを、いったい誰に「あなただったらきっと知っていると思って電話したの」という枕詞とともに質問できるというのでしょう。号泣しそうです……。

 涙で滲む視界に四苦八苦しながら、ようやくその1本の毛を根元から抜き取り、叫びだしそうな恐怖を必死で抑えながらしげしげとその毛を凝視するあたくし。皆様……それは……









 枝毛でした……。1.5を誇るババアの視力も、湯気が立ち込めるバスルームにおいては、枝毛とケジラミの卵を間違えるほど頼りにならないとは……。寡聞にして存じなかったのですが、下の毛にも枝毛ってできるんですのね……。

「レラからスミスリンへ」という15年ぶりの大変革が必要なくなった安堵に身をゆだね、あたくしはもう一度レラのシャンプーを手に取りました。すでに頭髪はトリートメントまで終わっておりますが、この瞬間から、レラは頭髪だけのものではなくなったのです。

 それにしても、下の毛にトリートメント(しかもレラで)を施す日が来ようとは、お釈迦様でも知らぬはずだよお富さん。きっと1ヶ月もたたないうちに、あたくしの天使の輪はもうひとつ増えていることでしょう……。