ショコラに夢中

 今年のバレンタインは、自分で買ったイデミ・スギノのハート型のマカロン、素敵な方にいただいたピエール・マルコリーニテオブロマジャン・ポール・エヴァンのアソート。本当に素晴らしいバレンタインでした。

 イデミ・スギノは、東京・京橋のお店のオープン2日目にお邪魔して、「あ、しばらくケーキはここだけでいいわ」と思ってからのおつきあいなので、かれこれ13年以上になるかしら。いえ、正確に言えば、おつきあいはもっと古いのですが…。

 あたくしが大学1年のときですから、1989年のお話をしましょう。当時日本はバブル経済の真っただ中で、あたくしのような口の減らないゲイの小娘を面白がって、あれやこれやと遊びに誘ってくれた方々もけっこういた時代でした。みなさん余裕ありまくりだったのね。その中のひとり、さるマダムに連れて行っていただいたのが、代官山にあるピエール・ドオルというお店でした。そのお店のショコラの見事さ、ベリーの鮮烈さ、テクスチャーのすばらしさ…。すべてに陶然となり、「ケーキっていうのはこんなに美味しいものなのね」と初めて知ることができたのです。

 その後、いつの間にか閉店してしまっていたピエール・ドオルに寂しい思いをしつつ、大人になっていったあたくし。ケーキは相変わらず好きでしたが、ピエール・ドオルのケーキを初めていただいたときの衝撃を再び経験することはなく、「あれは、生まれて初めての経験だったから、たぶん体が大げさに記憶してしまっているのかもね」と自分に言い聞かせ、さまざまな名店のケーキ(充分に美味しいんですよ)を楽しんでいました。

 2002年の秋ごろかしら、「神戸からすごい店が東京にやってくる」という噂を聞きつけたあたくしは、「そんなに素敵なお店なら、ぜひ1度偵察にいかなければ」と心に決め、オープンの2日目にイデミ・スギノにお邪魔したわけです。

 出てきたケーキを食べたとき、「あ、しばらくケーキはここだけでいいわ」と思ったのは、まさに、ピエール・ドオルで初めて「陶然とするほど美味しいケーキ」を食べたときのあの感覚を味わえたから。組み合わせた素材の、それぞれに異なる味と香り、その食感、そして、それらが溶け合うときのマリアージュの見事さ…。

 あたくしは基本的に、あまりお店の人に多くを申さないタイプ(「つか、ウザいかしらそんな客」と思うから)なのですが、お会計のとき、思わずスタッフの女性に「ケーキを食べて衝撃を受けたのは20年ぶりくらいです。そのお店がなくなってしまったときの寂しさを、今日ようやく埋めてもらいました」とお礼を言ったくらい。そうしたら、その方とても喜んでくださって。

「そのお店、名前は覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、もちろん。代官山にあったピエール・ドオルというお店でした。若造の私にケーキの凄みを教えてくれたお店です」

 レジの方は、目がひときわ大きく見開かれて、こうおっしゃったの。
「うちの杉野は、そこのシェフでした」

 レジの方は、杉野さんの奥様でいらっしゃったのです。それ以来、杉野さんともマダムとも、お客として、とても素敵なおつきあいが続いていいるのです。

 今年のマカロンも素晴らしかった。「ああ、チョコレートは『豆』なのね」ということがきちんと伝わってくる香り高さ、濃厚なのにするするとほどけていくようにガナッシュのテクスチャーと、さっくりしたマカロンとのマリアージュ…。思い出しただけでもうっとりとしてしまいそう。あと20年はこちらのマカロンをいただきたいわ。杉野さんにはお元気でいていただきませんとね…。

 マリアージュつながりで、あさっての火曜日、NHKラジオ第一「午後のまりやーじゅ」に出演させていただきます。詳細は、このブログの1つ前のエントリーに書きました。もしメッセージを送ってくださる方がいらしたら、ぜひ!