日本フィクサー考

 美味しんぼの2人が真の「和解」



 本日のヤフーニュースのトップ項目に、上の記事が出ていました。
「ついにこの日が来たか…」と、あたくしは再び激しい震えを抑えることができませんでした。

 2008年、あたくしはこのブログで「日本漫画界最強のビッチは『美味しんぼ』の栗田ゆう子」と書いたことがあります。ええ、『美味しんぼ』はグルメ漫画ではなく、「ひとりの小娘がいかにして日本の中枢に食い込んでいくか」を描いた一大ロマンなのです。以下、その時のブログを再掲します。
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、あの作品は読み込めば読み込むほど、栗田ゆう子の権謀術数に震えを抑えることができません。「ウブなドジっ子」売りを崩さずに、手始めに山岡士郎を翻弄。自らは売れっ子カメラマンや大会社の社長と浮名を流しながらも、士郎がほんのちょっとでも自分以外のオンナに視線を移した瞬間に、いつの間にか手下に従えた先輩女性社員を使って士郎を虐待。仕事面では「使えない士郎・使える栗田さん」という風説を巧みに巨大化させ、平社員でありながら大新聞社の社主と役員連中を意のままに操るのも朝飯前(ちなみに東西新聞社に託児室ができたのは、手下の先輩女性社員・三谷典子が子どもを生んだときではなく、ゆう子が子どもを生んだときです)。芸術に対する厳しさとその性格の激しさで、誰もがその人の前では借りてきた猫のようにおとなしくなってしまう日本美術界の巨匠・海原雄山でさえ、いまではほとんど自らのパシリ。ひとりだけ、栗田ゆう子の本性に気づきかけたオンナ(二木まり子)には、自分のお下がりのカメラマンをあてがって懐柔。あのオンナが望んだものは、いままですべて手に入っています。まったく凄まじいばかりのやり手です。世が世なら西太后になれるオンナだわ!
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 あらためて『美味しんぼ』の1巻からつらつら思い返してみましたが、栗田ゆう子の軍門に下らなかった人間がいたでしょうか。人間国宝の陶芸家と会って二回目の段階で「ゆう子ちゃんにはどれでも好きな皿をやるぞ」との約束を取り付け、関西実業界を仕切る超大物をして「ゆう子ちゃんに1本とられるとは実に嬉しいで」と単なる好々爺に成り下がらしめ、与党の幹事長とタメで話をし、自分が勤めている新聞社のみならずライバル新聞社の社主にまで多大な恩を売って二度と逆らえない体にし、日本一のIT企業と出版社を持つ若き実業家を骨抜きにし、デパート界の風雲児などは最初から物の数にも入れず……。平成の世にフィクサーがいるのなら、たぶんこういう人間だったのでしょう……。

 ちなみにゆう子、最近はダンナの山岡士郎に対してはすっかりオカン。雄山との関係性のほうがはるかにソウルメイトな雰囲気です。その妖しいニュアンスにも身震いします。

10以上年前から美食倶楽部の主人は事実上ゆう子でしたが(美食倶楽部で雄山の右腕だった中川はとっくの昔に陥落して、雄山をパシリ扱いするゆう子を、妻のチヨとともに後方支援していた)、これで完全に美食倶楽部もゆう子のものとなりました。次期花板の良三などは、しょせんはゆう子と張り合えるタマではありませんし…。

 単体ではとっくにゆう子の犬だった雄山と士郎も、これからは雁首ならべて命令を下されることになるはず。政財界と美術界のすべてを手に入れ、名実ともに女帝の名をほしいままにすることになった栗田ゆう子の人生、これからも見守りたいと思います。

 あ、ラブピースクラブのコラム、本日更新です。よかったらお読みくださいませ…。