アルマーニのはやにえ

 リスは、採ってきたドングリを巣穴には入れず、「他のリスに見つからない場所」である、そこらの地面に埋めるそうです。そしてしばらくすると、自分でも見つけられないどころか、埋めたこと自体を忘れてしまうとか。なんと愛らしい生き物でしょう。

 百舌鳥という鳥は、捕まえたカエルなどをその場で食べることはせず、非常用の食料として木の枝に刺しておくのですが、やはりこちらも、刺したこと自体を忘れてしまうそう。憎めません。

 人間にもこういうことはけっこうな頻度で起こります。あたくしの場合、それは本。家の中に大量の本があるもので、買ってきて途中まで読み進めた本をいったん手元から離すと、もうダメ。「一度手を離しただけで…まるで恋のようだわ」などとうそぶきながら、「どのバッグに入れっぱなしにしたのか」とか「どのブックタワー(家に数十個作られているの)にまぎれこんでしまったのか」とかいって探しているうちに焦れてしまい、2冊目を買ってしまうこともしばしば。たいそう効率の悪いことをしているのです。

 さて、先週末、あたくしは身内の介護のスケジュールをずらしてもらい、超久々に美容室に行って髪を整え、その後、男友達の新居を訪ねました。
 彼はあたくしよりも3歳ほど年上。昨年まで、アルマーニやヴィトンなどのショップが超スープの冷めない距離内に収まる某マンションに住んでいたのですが、もともとファッションに興味を持つ機会がなかったうえ、仕事ひと筋の人間なので、そういったお店に足を踏み入れることがなかったそう。なんともったいない! ところが、引っ越す直前の昨年末、
「ねえさん、相談があるんだ。さすがに着る服がなくなちゃった。10年近く、自分で洋服を買ったことがなくてさあ。似合う形どころか、試着しても自分に合ったサイズすらわからない。でも、ひとりじゃ近くの洋服屋には入れないし…。買い物につきあってもらっていいかな」
 と持ち掛けられ、すぐにアルマーニに突撃したのです。で、そこでベロアっぽい素材のショートコートとカシミアのニット、ダークカラーのジーンズにスニーカーで真冬のコーデを完成。「いまのジーンズって、へそが隠れないんだ!」ということにビックリしていたくらい昨今のお洋服事情にうとかった彼も、完成コーデ姿の自分を鏡に映したら「Before」よりも明らかに2回りはスマートに見えるのがわかったのか、「すごいねえ。洋服で体型ってこんなに変わるんだ」と驚きつつも嬉しそうだったのが印象的だったわ。まあ、実際のサイズより大きなものを「自分のサイズ」だと思い込むパターンは、お洋服初心者にはよくあることよね。

 そのあと、「もう少しカジュアルに羽織れる上着も見たい」ということで、アルマーニからほど近いセレクトショップで10万ほどのフーデッドコートを1着、カシミアのVネックニットも2枚ほどと普段使い用のジーンズを買い足しし、ニットの下に着るためのVネックの長そでTシャツも3枚ほど購入。大変充実したお買いものができたわ。まあ、あたくしはあたくしで、彼が、アルマーニでもセレクトショップでも、結局一度も値札を見ないまま、あたくしが見立てたフルコーディネイトをサクッとお買い上げしたことに驚いていたのですが。

 彼は、年末年始にかけて、会う人会う人に「ダイエットした?」「なんか急にかっこよくなった!」と言われ続けたようで、何度か感謝の言葉をかけられたのもいい思い出なの。

 そして話は先週末のこと。彼から「アルマーニから『ファッションショーにぜひお越しください』って招待状が来たんだけど、ひとりで行く度胸はないから、ねえさん、一緒についてきてくれない?」との連絡が。「たった1回お買いものしただけでそんな招待状が届く」という時点で、彼がお店にとってどれだけ素晴らしいお客なのかが判ろうというものですが、あたくしにとっても楽しい時間になりそうなので、介護のスケジュールをずらして、アルマーニに突撃することにしたの。

 で、どうせなら一緒に行こうということで、彼の新居へ。出迎えてくれた彼は、フーデッドコートにジーンズ姿。「ねえさんが選んでくれたこのカッコ、みんなから褒められて嬉しいよ。今日もこれで行こうと思うんだけど」とニコニコ顔だったのですが、3月の終わりに、分厚い素材のひざ丈フーデッドコートはさすがに少々重い。
「ねえ、ベロアっぽい素材のショート丈の上着にしない? せっかくアルマーニで買ったんだし」
 とアタシが言うと、彼は不思議そうな顔で、
「え? 一緒に買った上着はこれだけだよ」
 と。
「いやいや、そんなことない。あれだけの金額を払ったの、アタシ横で見てたし。袖丈を少し詰めてもらったから、受け取りは後だったはずだけど、まさかまだ受け取ってないとか?」
 と、彼に了解を得てクローゼットの中や、まだ梱包が解かれていない段ボール箱をチェックすると、大きな段ボール箱のいちばん奥に、何やら厳重に包装された塊がひとつ。
「ねえ、これは何?」
「なんだっけ…。引っ越しがバタバタで、開けてチェックするのが面倒で、前の家から持ってて、そのままなんだけど」
「開けていい?」
「うん。頼む」
 ええ、みなさん、もう予想はできますわよね。その包みから出てきたのは、アルマーニのショートコートでした。
「あ! 思い出した。確かにこれ、試着した!」
 とさらにニコニコ顔になる彼。その横であたくしは、いわれのない敗北感に打ちひしがれておりました。「買う」ことと「試着する」ことの間にたいして差がないうえに、「買った」ことそのものを忘れてしまう…。鷹揚なお金持ちの本当の実力って、こういうところで発揮されるものなのね…。

 ちなみにそのショートコートに着替えさせ、アルマーニのコレクションを一緒に見たあと、「春物、選んでほしいなあ」と言う彼のために、またも上から下までひと揃えチョイスしたのですが、たぶん今度は6月ごろ、新たな「アルマーニのはやにえ」が彼の家のどこかで見つかることでしょう…。