6000円の価値

 いきたお金の使い方とは、「いくら使うか」ではなく、「どのように使うか」である――。などと、カビが生えるほど言い尽くされた言葉を持ち出すのもなんですが、まあ、これは真理です。たとえば、1万円で●●●●(自主規制)のTシャツを買うくらいなら、ユニクロヒートテックの上下とカシミアのセーターを1枚買ったほうが、どれだけ1万円が喜ぶかわかりません。しかしだからと言って、ここで「ドルガバのTシャツに3万円出すのはいかがなものか」という問いを持ち出すのは野暮の骨頂というもの。3万円のうち2万8千円ほどは、人から「あ、ドルガバね」と気づかれるため、あるいは、「ドルガバを着た悪魔」(古い言い回しね。そろそろ変えないと)という自分のイメージをキープするための必要経費なのです。そう自分で納得しているのですから、これはまったくフェアな使い方であると言えましょう。

 さて、アタシにはなぜかプロレスラーやプロ格闘家のお友達が多く、彼らの試合にはだいたい足を運んでいます。入場チケットの料金は興行によってさまざまですが、狭い会場で若手中心に打った興行だと5000円くらい、大会場でメジャーどころが勢ぞろいするようなイベントだと1万5千円くらいでしょうか。で、アタシにとっては、入場料の98%は、友人が勝つ瞬間のために払っている、と言っても過言ではありません。フィニッシュ技が見事に決まり、スリーカウントが入っていくまでの、あの数秒間。もしくは、すさまじいパンチやキック、関節技で劇的な幕切れを迎える瞬間……。それをこの目で見届けるために、アタシは4900円〜14700円を支払っているわけです。

 で、最近アタシは、あるプロレスの試合に出向きました。お友達がメインイベントを張ると聞いたら、そりゃ駆けつけないわけにはいきません。それほど大きくはない会場だったので、チケット代は6000円。しかし、その友人が手配してくれたのは、最前列のど真ん中。観戦にはもってこいのシートです。

 お待ちかねのメインイベントは一進一退の素晴しい攻防。プロレスは「勝ち負け」以上に「いかに勝負を魅せるか」に大きな比重がかかっている、と考えるアタシは、ずっと手に汗握って応援しておりました。「もうこれで決まる!」と思った瞬間を、お互いの選手が死力を尽くして返していくたび、会場もヒートアップ。客だけでなく、リングサイドに陣取って、闘う選手たちに檄を飛ばすセコンド陣も腸エキサイトしていたのですから、試合内容がいかに濃かったか、うかがえるというものです。

 そして、ついに! 友人が対戦相手のバックに回り込みます。これは……スープレックス!? それともバックドロップ!? それとも背面からのクラッチ技!?

 と、思った瞬間、それまでアタシのすぐ前で、リングの端(エプロンって言うのかしら)に両ひじとあごを乗せ、ひざを床についた状態で友人に檄を飛ばしていた、白Tシャツ姿の若手セコンド(身長180センチ強・体重100キロ超)が、エキサイトしすぎたのか飛び上がるように立ち上がりました。アタシの目の前一面、一瞬で真っ白。……ここはどこ……? 極寒にそびえたつ、かの名山・マッキンリー……?

 アタシ以外の観客が声を揃えます。
「ワン!」。アタシは左側に大きく自分の体を傾けました。しかし相変わらず視界は雪山に覆われています。
「ツー!」。今度は大きく右側に自分の体を傾けました。しかし相変わらず視界は(以下略)。
「スリー!」。業を煮やして立ち上がって上から覗き込もうとしました。しかし(以下略)……。

 その瞬間、会場は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。どうやら友人は激勝した模様です。でも、いったいなんの技で……? 割れんばかりの会場で、アタシも思わず大絶叫。ええ、当然、周りのお客さんの絶叫とは、意味も重みもまったく違う絶叫ですわ!

 皆さん、バカでかい男の、Tシャツの背中部分を見るためだけに、5880円を支払うことは、お金の生きた使い方としては、どんなもんだと思われます!? 収まらないアタシは後日友人に20分かけて文句タラタラ。でも、友人が悪いわけじゃないからどうにもできやしない。背中のビューだけでアタシから5880円をふんだくりやがった若手が多少でもイケメンの範疇に入るのだったら、ヒエラルキー(メインイベンター=友人のアタシ>>>>>>>若手)を悪用してお転婆のひとつも仕掛けられるのに、悪いときには悪いことが重なるもので、その若手、ビジュアルランク的には箸にも棒にもかかりません。ええ、泣き寝入りですわよ、泣き寝入り!

 皆さん、イベントって水物ね。ホント、お金の使い方には気をつけましょう。