眠り姫は目覚めた

 人によって座右の銘は様々にあることと存じます。
「人に優しく自分に厳しく」
「正直者は最後に笑う」
「汝の隣人を愛せよ」
 どれもこれも素晴らしい! 心が洗われるとはまさにこのことでしょう。

 翻って、あたくしの座右の銘……それは、

「埃で死んだ人間はいない」

 ……心が荒むとはまさにこのこと、などといった声が聞こえてきそうですが、無視いたします。それに、本当ですわよ。埃じゃ人間、死にません。

 会社員時代、「だって忙しいんですもの」を言い訳にし、あたくしは家では本当に何もしない生活を送ってまいりました。10年間まったく手をつけていないエリアがあるのは当たり前。玄関から部屋に通ずる小さな廊下部分も、「散乱」というレベルでは収まりがつかないほど物がありすぎて、「けもの道」さえ作ることが不可能な状態でした。かろうじて出来たのは「けものポアント」という有り様……。

「なぜ『ポイント』ではなく『ポアント』なのか」という疑問にお答えいたしますと、「一歩目は右足の爪先だけをこの部分に置き、二歩目は左足の爪先だけをあの部分に…」と、爪先立ちの足の位置はもちろんのこと上半身のバランスや体線の流れまで厳密に定められたコレオグラフによってのみ成立する動きのありようが、バレリーナのそれに酷似していたからです。やだ綺麗っ!!(オカマの定番スクリーム)

 部屋の中がどうなっていたか、言葉にするのは少々難しいのですが、そうですね……1時間ほど部屋を見つめながら、
「この部屋だけ、マグニチュード28くらいの大地震が起こったのかしら」とか
「空き巣に入られても、空き巣が『先客に荒らされた後だ』と判断するはずね」とか
「大気汚染が深刻な中国ですら丈夫に育っている現地の子どもだって、この場所では昭和中期における日本の公害病並みの症状が起こるはず」とか、様々なボキャブラリーを駆使してこの惨状を表現しようとしても、結局、
「ありえない」
 という頭の悪そうな表現がいちばんしっくりしきてしまう、と言いますか……。

 そんな状態でエアコンが壊れたら、皆様はいかがなさいますか? ……と書いてみて気づきました。そもそも皆様、「そんな状態」にまで部屋をほっておくこと自体ありえませんわね。

 自分の本に収録したマツコとの対談でも語っておりますが、あたくしの部屋のエアコンは、4年前の夏、ウンともスンとも言わなくなりました。そこであたくしが取った行動は「電気屋さんを呼ぶこと」ではなく、「漫画喫茶で寝る」ことでした。電気屋さんに部屋の惨状など見せたくありませんし、電気屋さんが原因不明の肺病を患ってお亡くなりになってしまったら、罪に問われることにもなりかねない。というかそれ以前に、エアコンの真下まで行くための「けものポアント」は存在しておりませんでしたから……。ええ、「掃除をする」という選択肢は見事に抜け落ちていたのです。夏の定宿はネットカフェでしたわ……。

 そんな状態の汚部屋に暮らしていても、気鋭のファッションデザイナーでもある友人が
「俺の相方の部屋も大変なことになっているので、土足で上がるのが基本ですよ」
 などと言葉を発せば、
「まあ! なんて素敵にヨーロピアン! ミラノに進出した人たちはさすがだわ。そんな簡単な選択で汚部屋さえもおしゃれなスタイルに変えられるのね!」
 と、氷室冴子ティックなエスプリが薫る返答を返せていましたから、特に困ることもなかったのですが、今年のあたくしはフリー。1日中家にいて書き物をしている日も多くなる。ええ、要するに、ついにそのときが来てしまったのです……。

 エアコンを修理するために電気屋を呼ぼう。そのために掃除をしよう……。

 というわけで6月は大掃除月間だったのですが、続きを書くのは本当にためらわれます。皆様の精神的健康に大ダメージを与えることは必至だからです。10年熟成させたワインは芳醇そのものといった香りを放ちますが、10年熟成させた部屋はどうなっているか、果たして知りたい方などいらっしゃるかしら……。