conversation piece

 ユーミンこと松任谷由実は用賀のデニーズで耳をダンボにして客の会話を盗み聞きし、作詞のヒントにしている――――。

 こんな都市伝説がまことしやかに囁かれていたのはいつのことだったでしょう。「耳をダンボ」という死語に漂う濃厚な昭和の香りもさることながら、「あえて庶民の中に飛び込んでみる」というニュアンスが濃厚に感じられる高飛車ぶりがいかにもユーミンらしかったと記憶しております。この2つの濃厚さを前にしては、噂の真偽などたいした問題ではないでしょう。確かに、普段の交友関係とは全く違う人々の会話を聞くのに、ファミレスほど適した場所はないかもしれません。

 さて、あたくしは先週の土曜日、新宿区内のとあるファミレスで読書をしておりました。友達との町亞聖……あらいやだ、待ち合わせの時間を大幅に間違えて、時間つぶしに入ってみたのです。っていうか、「お友達との町亞聖」とのほうが「お友達との待ちあわせ」の6万倍は興味をそそるのは、ホント困ったものだわね。それ以前に「町亞聖」が一発で出てくるアタシのPCも、ホント困ったものだわね……。

 で、ドリンクバーなどを頼んで角田光代の『三面記事小説』を開いてみたのですが、いや面白い。悪意や怠惰、絶望や怒りのバリエーション・インパクトの強さともに、素晴らしい短編集だわ。が……

 いつしかあたくしは、ヘタをしたらバリエーションの偏り・インパクトの強さともに、小説以上に大変なことになっている周りの方々の会話に引きずられ、読書がまったくはかどらないという異常事態に置かれていることに気づきました。目の前で起きていることに意識を優先させてしまうのは人間の常。ユーミン以上に耳をダンボにしていたのですが、複数の席で同時進行で進んでいた会話もあり、あたくしったらふだんの生活ではまったくしたことがない「ノートや手帖にネタを書き留める」ことまでして大ハッスル(死語2)です。

●眉毛アートメイクをやったんだけどぉ、すげえかゆくて掻きまくってたんだぁ。したら色を入れていない部分まで黒くなっちって。そう、色素沈着? マジ死にたいんだけど(20代女子)
●ブラヒモの背中もウザいんだけど、パンツの尻の食い込みもマジきつい。すげえかゆい。どっちがよりかゆいか、わかる? わかるよね?(お連れの20代女子)


●週1で50代のオヤジが来るの。なんか気に入られちってさぁ。でボクサーショーツをプレゼントされたんだけど、カルバン・クラインでもポール・スミスでもなくグンゼだった。イミわかんねぇ。買えるっつーの。泣きそうなんだけど(20代男子:間違いなくウリ専)
●客宛てのメールにハートの絵文字は絶対でしょ。3日以内にまた客は来るよ。マジこれ法則だって。オレが発見したの。すごくね?(お連れの20代男子:間違いなくウリ専)


●オーラの色がまだ見えるようにならないの。受講を延長しようかな。20万円は痛いけど……(20代女子)


木村拓哉はなんだかんだ言ってもイケてるよ(30代男子)


●ダンナへの復讐はわかんないようにするべきよ。私はダンナの食事だけ、オール中国産の食材で作っているから(50代女子)


●「大丈夫、主人は出張中だから」と言いながら、ひとつのパフェを食わせあう(60代不倫カップル:その様を50代ママ友グループがガン見)

 ほんの2時間少々で、ここまでアグレッシブな収穫をゲット(死語3)して、あたくしったらルンルン(死語4)どころの騒ぎではありません。松任谷さんが新宿区内の●●●をシマにしていたら、ラブソングなど決して生まれなかったことでしょう……。いや、パフェをつつきあう60代カップルの歌なら、なんとかなるかしら……。