TODO SOBRE MI MADRE

 ある人との別れを経験してから初めて、友人のマツコ・デラックスと話をする機会を持った。あたしとマツコはお互い、「母親」という存在に、「愛着」という言葉では表現しきれない感情を抱いている。ある種の申し訳なさ、ある種の哀しみ、ある種の祈りにも似た願い、そして、そのような願いを抱いてしまう自分に対する戒めや自罰の念。お茶を飲みながら、長いこと、その感情を話し合った。その感情がこの先の自分にどんな作用を及ぼすのかは、生きてみないとわからないけれど。

 いずれこの感情を文字にしたくなる日が来ると思う。それが一ヵ月後になるのか、半年後になるのか、あるいは、もっと先になるのかは、まだわからない。わからないけれど、いや、わからないからこそ、あたしは、この生々しい感情を覚えておかなくてはいけない。この感情が、いまこの瞬間、どれだけ自分の卑しさや浅ましさを思い知らせようと、覚えておかなくてはいけない。書き上げたものが日の目を見ようと見まいと、それを書きあげない限りあたしは区切りをつけられないことだけは、なんとなくわかっているのだから。

 今日は月がきれいだった。頚椎のヘルニアが疼きだすせいで、いつもなら寒々とした空気をことのほか嫌うあたしなのに、今夜はいつもよりゆっくり歩いて、月を見て帰った。

 あたしは、月がどんな姿をしていようと、それに癒される人間ではなかった。月に癒される自分など、想像もできなかったのだ。この一ヶ月と少しの間、あたしは何度、夜空を見上げたのだろう。もっと気持ちが落ち着いて、自分の感情を冷静に見られるようになれば、また空を見上げない人間になるのだろうか。それは、いいことなのか、悪いことなのか。それだって、生きてみないとわからないけれど。